今どきの若い人たちは
ご存じないかもしれませんが、
宮崎出身の歌手・タレントで、
「浅香 唯」さんという方がいらっしゃいます。
浅香唯さんがブレイクした当時、
私より二つ下の弟が大ファンで、
家の中でもよく彼女の素晴らしさを
弟から聞いていた記憶があります。
そんな浅香唯さんの楽曲の中で、
私が一番好きなのが『セシル』という曲です。
その理由は、――歌詞です。
https://www.youtube.com/watch?v=_2VZyiDN4eg
センチメンタルだった私の青春時代、
この歌詞は不思議と胸に刺さりました。
今でも、心が乾いてしまったときにこの曲を聴くと、
二十代前半の記憶がふっとよみがえり、
砂漠にオアシスが現れるような気持ちになります。
今回は少し押しつけがましいかもしれませんが、
この曲を紹介しながら、当時の思い出と共に
今だから分かることを掘り下げてみたいと思います。
『セシル』の歌詞に、こんな一節があります。
♪人は大人になるたび弱くなるよね♪
初めて聴いたとき、
胸の奥をそっと掴まれたような感覚に
なりました。
成長すれば、人は強くなるはずなのに、
なぜ“大人”になるほど弱くなるのか。
二十代前半の頃でも、
なんとなく分かったつもりではいました。
でも、歳を重ねた今なら、
その意味がはっきりと分かります。
若い頃の私は、
自分の正しさを疑わない人間でした。
部活のバレーでも、建築の勉強でも、恋愛でも。
勢いも、好奇心も、
そして根拠のない自信もありました。
転んでも、怒られても、すぐに立ち直れる。
失敗しても「次がある」と思える。
(恋愛では、かなり打ちのめされては
いましたが。笑)
ところが、大人になると事情が変わります。
守るものが増え、背負うものが増え、
「もし失敗したら」という想像力が、
リスクを何倍にも大きくしてしまう。
♪ふっと自信をなくして、迷ってしまう♪
これは決して大げさな表現ではなく、
多くの大人が日常的に抱えている
心の状態そのものだと、私は思います。
印象的なのは、この歌が
♪だから友達以上の愛を探すの♪
と続くところです。
ここで言う“愛”は、
情熱的な恋愛だけではないと、
私は感じています。
無条件で味方でいてくれる存在。
説明しなくても、そばにいてくれる誰か。
黙っていても、分かりあえる関係とその場所。
大人になると、人は
「強さ」よりも
「安心できる居場所」を
求めるようになるのかもしれません。
歌の中の主人公は、
相手の涙に気づきながら、あえて見ないふりをします。
踏み込みすぎない優しさです。
それでも心の中では、
強く願っている。
♪いつも私がそれになれればいいのに♪
何でも分かり合おうとしない。
無理に励まさない。
ただ、味方でありたいと願う。
この距離感が、とても“大人”だなと感じます。
そして、こんな言葉も胸に残ります。
♪恋は楽しいときより悲しいときに
そっと始まったほうが長く続くね♪
楽しさから始まる関係は、
楽しさが消えた瞬間に壊れやすい。
でも、弱さを共有した関係は、
簡単にはほどけません。
人は、弱っているときに差し出された手を
ずっと、ときには一生忘れないものです。
この曲を聴いていると、
「強い人でいよう」とすることよりも、
「弱い自分を受け入れてくれる居場所や人がいること」
の方が、大切なのではないかと思えてきます。
大人になるほど、弱くなる。
でもそれは、自分がダメになることではありません。
弱さを知ったからこそ、誰かの弱さに共感できる。
共感できるからこそ、自分以外の人に優しくなれる。
自分にとって大切な人の“それ”になれなくてもいい。
でも、そうなれたらいいなと願える心だけは、
大切に持っていたいと、私はこの曲を聴くたびに
再認識してしまいます。
『セシル』は、
大人になって迷っている人の背中を、
そっと撫でてくれ、押してくれるような曲だと、
私は思っています。
もし今、
プレッシャーに押しつぶされそうだったり、
理不尽な人間関係に疲れていたりする方がおられましたら、
この曲を聴いて、当時の私のように
「ううん、でも頑張ろう」と思ってもらえたら幸いです。
https://www.youtube.com/watch?v=_2VZyiDN4eg
(たまには、こんな“家づくりから少し離れた話”も
お許しください^^)