宮崎県出身の作家さんで、新川帆立さんという方が
いらっしゃいます。
同郷ということもありますが、それを差し引いても、
新川帆立さんの小説は本当に面白くて、
お勧めできる作家さんです。
私はこれまでに、新川帆立さん著の
『元彼からの遺言状』、『倒産続きの彼女』
を読み、今回は最新作の『ひまわり』を読了しました。
(宮崎日日新聞での連載で、ご存じの方もおられる
かもしれませんね。)
この物語の主人公・ひまりさんは、
交通事故で頸髄を損傷します。
ひまりさんは、意識ははっきりしている。
考える力も、感じる心も、何も失っていない。
それなのに、首から下の身体だけが動かない。
「動かない」という言葉では、
とても言い表せない現実が、
この物語では淡々と、しかし切実に描かれています。
鉛筆を持てない!
ページをめくれない!とにかく自分の意思で、
何一つ“身体を動かすことができない!
それでも、ひまりさんは司法試験を受け、
弁護士になる道を選びます。
正直に言えば、
私は読み始めた頃、こう思ってしまいました。
「そこまで頑張らなくてもいいじゃないか」と。
物語の中では、
役所の人から生活保護を勧められる場面もあります。
現実的な選択肢として、それは決して間違いではありません。
でも、読み進めるうちに、
その考えがとても浅かったことに気づかされました。
彼女は“頑張りたい”のではない。
ただ、生きていたいのです。
「私は、まだ人の役に立てる!」
「ここに生きている意味が、まだある!」
それを、誰かにではなく、
自分自身に証明したかっただけなのだと感じました。
そして、ひまりさんは言います。
「言葉は、私の最後の砦」だと。
この一文を読んだとき、私は仕事柄、どうしても
“家づくり”の現場を思い浮かべてしまいました。
家づくりのご相談に来られる方の中には、
言葉を選びながら、とても慎重に話される方がいます。
「まだ、家を建てると決めたわけじゃなくて…」
「こんなこと、聞いていいのか分からないんですが…」
その前置きの奥にあるのは、不安であり、迷いであり、
これまで誰にも言えなかった本音です。
人生は、思い通りに進まないことの方が多い。
ある日を境に、それまでの「当たり前」が、
静かに崩れてしまうこともあります。
私自身も、明日、突然車いす生活になる可能性が
ゼロだとは言い切れません。
そんな生活となったとき、私を支えるのは何なのか。
お金なのか?
制度なのか?
もちろん、それらも大切です。
でも最後に人を立たせるのは、
誰かに受け止めてもらえた「言葉」
なのではないかと、私は思うのです。
あまり公にはしていませんが、
私には、生まれつきの脳性麻痺で
肢体不自由の障害を持つ子どもがいます。
主人公のひまりさんと同じように、
24時間の全介助が必要な、車いすと
寝たきりでの生活です。
この物語を読みながら、私は
自分たち家族の生活と重ねずにいることは
できませんでした。
そして同時に、世の中には、
ひまりさんと同じような境遇ででも
日々を一生懸命に生きている方が、
数多くおられることも改めて思いました。
私は「衣・食・住」のうち、
「住」を担う仕事をしています。
だからこそ、バリアフリーな家づくりにも、
強い想いと情熱を持っています。
家は、単に雨風をしのぐ箱ではありません。
心が折れそうになった日に、帰る場所があるという人生。
いつも通りに座れる椅子(居場所)があること。
何も語らなくても、家族から
そこに“居ていい”と思える空間があること。
それは、人生を続けていくための、
確固とした土台だと思うのです。
『ひまわり』を読みながら、私はあらためて、
この家づくりという仕事の責任を噛みしめました。
私たちは、
ただ人が住める家を造っているのではありません。
お客様の人生が続いていくための
「世界で一番幸せな居場所」を造っているのだと
いう誇りを忘れてはいけないと思いました。そして、
日々スタッフ・職人さん達とこの思いを共有しています。
言葉がある限り、
人は、誰かとつながることができます。
そして、安心して過ごせる居場所があるからこそ、
人は、また一歩、明日へ進めるのかもしれません。
もし今、思い通りにならない現実の中で
立ち止まっておられる方がいたら、
この本を、手に取ってみることをお勧めします。
私もそうですが、ほとんどの人は、ひまりさんのようには
頑張れないかもしれません。
それでも、踏みとどまろうとすること、努力する事自体に、
きっと意味がある――
私は自身の経験上ですが、そう信じています!